「稼げるアプリを作れば人生が変わる」
――私は、その考えから一度降りました
「稼げるアプリを作れば人生が変わる」
そんな話は、もう十分に世の中にあります。
今日は、その逆の話をします。
私は一度、
「稼げるはずだったアプリ開発」を、自分の判断で止めました。
それが、介護向けシフト管理アプリ
「霧雨」 です。
これは失敗談ではありません。
リスクを見て、あえて降りた話です。
なぜ介護アプリは「正解」に見えたのか
霧雨は、当初とても合理的な選択に見えました。
- 自分は介護業界を知っている
- 現場の不満も、改善点も分かる
- シフト管理は明確な課題
- 法人向け・BtoBで単価も取れそう
いわゆる
「知識 × IT」 の王道パターンです。
実際、Webアプリとしては完成し、公開もしました。
機能的にも「作れた」「動く」「使える」状態でした。
ここまでは、順調でした。
見えてきた「知財・責任・業界圧力」の現実
問題は、その先です。
介護アプリは、「便利」で終わりません。
- 職員情報・勤務情報という 個人情報
- 勤務ミスが起きた場合の 責任の所在
- 事業所・法人・自治体という 力関係
- 既存システム・慣習・業界ルール
個人開発で背負うには、
責任が重すぎる世界でした。
さらに、
- 似た機能を持つ既存サービス
- 契約・サポート前提の空気
- 無料では使われにくい構造
これらが、静かに圧をかけてきます。
「これを、趣味として続けられるか?」
答えは NO でした。
無料+広告に切り替えた理由
そこで私は、霧雨を 課金モデルから外す 判断をしました。
- 開発はここで止める
- 無料で公開する
- 広告・アフィリエイトのみで運用する
- 生活を背負わない
理由はシンプルです。
個人開発が、人生そのもののリスクになってはいけない
赤字を出さず、
責任も最小限に抑える。
それで初めて、
「置いておけるアプリ」 になる。
これは逃げではありません。
判断です。
個人開発で一番大事なのは「やらない判断」
個人開発の世界では、
- 作る勇気
- 公開する勇気
- 続ける根性
が語られがちです。
でも本当に大事なのは、
やらないと決める判断
だと、私は思っています。
- 伸びそうでも、背負いきれないならやらない
- 正解に見えても、未来が重いなら降りる
- 自分が壊れる道は選ばない
霧雨を止めたことで、
私は次のプロジェクトに進めました。
公開の先を見据えるということ
私は、AIとともにアプリ開発をしています。
しかし、
- 実装判断
- デバッグ
- セキュリティチェック
- 公開後の責任
これらはすべて 人間の仕事 です。
機能に問題がないか。
どんな情報を収集しているか。
著作権や既存サービスを侵害していないか。
公開する以上、
すべて自己責任 で確認し、
賠償責任に発展しないよう備える必要があります。
「作れる」ことと
「出していい」ことは、まったく別です。
補足|霧雨について
霧雨の開発を、完全に放棄したわけではありません。
現時点では、
知財・責任・運用面のリスクを
個人で背負いきれないと判断し、
開発を停止しています。
もし将来、
これらの課題を自分の中で整理し、
すべて解決できたときには、
再開・公開を検討する可能性はあります。
今は、
「やらない」という判断を、あえて選んでいるだけです。
おわりに|夢を売らないという選択
私は、
- 「誰でも月100万」
- 「アプリ一発逆転」
そんな話はしません。
代わりに、
- 赤字を出さない
- 自分が壊れない
- ちゃんと降りる
その判断ができる開発者でいたい。
霧雨を止めたのは、
失敗ではなく、前進でした。
この記録が、
同じ場所で悩んでいる誰かの
ブレーキになれば、それで十分です。
参考|小さな選択肢として
もし今、
- 「このまま今の環境で続けていいのか」
- 「個人開発を続ける余力を確保したい」
そう感じているなら、
仕事環境を一度見直すのも、現実的な選択肢です。
私自身、
転職=逃げ だとは考えていません。
それもまた、判断の一つです。
今すぐ何かを決める必要はありません。
条件を眺めるだけ、情報を集めるだけでも十分です。
個人開発の「責任リスク」に備える
霧雨を止めた最大の理由は、「責任を負いきれない」という不安でした。
- 情報漏洩が起きたら?
- アプリのバグで誰かに損害を与えたら?
- 訴えられたら、全額自己負担?
個人開発者には、会社の保険がありません。
もし同じ不安を抱えているなら、こういう選択肢もあります。
フリーランス向け損害賠償保険
- FREENANCE(フリーナンス)
- 無料プランでも基本補償あり
- 情報漏洩、著作権侵害、納期遅延もカバー
もし私がこれを知っていたら、霧雨の公開をもう少し前向きに検討できたかもしれません。
詳しくは→個人開発者こそ「もしも」に備えるべき理由


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